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偉いフェミニストの先生、水星の魔女を観ましょう [メディア・家族・教育等とジェンダー]

『機動戦士ガンダム 水星の魔女』の事前情報を知ったのは、今年2022年の初夏の頃だったでしょうか。

ガンダムシリーズ令和初の新作アニメは女性主人公学園もの!

そんなアウトラインが示されて、多くのファンが斬新さを感じたのはもちろんです。
ワタシも「女性主人公の学園ものガンダム」については、そろそろ観てみたいと予てより思っていました※ので、これは朗報に他なりません!

※こちらなどでもソノあたりの妄想を書き散らしてますので、参考までにご笑覧ヲ
→ [5:機動戦士ガンダムの隘路]プリキュア時代の「男の子アニメ」の困難
  https://stream-tomorine3908.blog.ss-blog.jp/2014-05-05_PC5-Gundam


そう思って公式サイトをチェックすると、主要キャラの紹介も出ています。

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なるほど、このスレッタ・マーキュリーが主人公。
辺境(水星)から学園に転入してくるという設定のようです。

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そして、その主人公を取り巻くように配置されている複数の男性キャラ。3人とも、いわゆる良家の子息的な趣です。
想像するに『花より男子』の「F4」のように(←3人ですが;)スレッタと絡んでいくのでしょう。ある種『花男』へのオマージュが入った設定なのかもしれません(実際に放送開始後の展開を見ると、そうだと言える面が大。当記事は2022年12月4日放送の第9話までの視聴に基づいて記述しています

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一方、もうひとり重要そうな位置で紹介されている女性キャラ、ミオリネ・レンブラン。
これも察するに主人公スレッタと関わっていく主要人物っぽいです。
むしろこのスレッタとミオリネの関係性進展が物語の主軸となっていくのではないか?
そういうガール・ミーツ・ガールものと言えば、まさしく時代の最先端なのではありますまいか!?
そのあたりも、これまた想像に、というか妄想を膨らませるのに難くありません(こちらも後述のように実際の放送開始後には概ね正しかったことになります)
はいはい、百合が咲きます大切にしましょうw

 → 機動戦士ガンダム 水星の魔女 公式サイト
  https://g-witch.net/

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 ※当記事中のガンダム関連画像は上記公式サイトや放送画面からキャプチャしたものを引用要件に留意して用いています


そんなわけで事前の期待値は相応に高かったわけですが、さりとて実際にどんな中身なのかは、やはり蓋を開けてみないことにはわかりません。

とりあえず軽い気もちで、ワタシは10月2日、『水星の魔女』第1話の視聴に臨みました。

………30分後、
ワタシは叫んでいました。
「なんじゃこりゃ~っ!!」
良い意味で。
良い意味での予想の斜め上で、ビームサーベルでコクピットをピンポイントで一突きされた、そんな感覚です。
や、やられた~っ;

はい、まず、大方の予想に違わず、学園に転入してきたスレッタとミオリネ、ひょんなことから近しい関係となります。やはり、この2人の関係が、物語の最前景として取り扱われていくようです。
ガンダムで百合。待ってました! いいぞもっとやれノ

と、そこへ現れる(『花男』の「F4」だと、いわば道明寺に相当する)グエル・ジェターク。
なんとミオリネの「婚約相手」としてすこぶる高圧的な態度に出ます。
なんでも、この学園では様々なことが生徒同士のモビルスーツを用いた決闘で決められ、その決闘を重ねた末の最強最高の勝者は「ホルダー」の地位を獲得、ミオリネの婚約者となるのだそうです。
これは、学園を運営する企業グループを束ねるトップ・総裁として君臨するデリング・レンブランの意向であり、このデリングこそがミオリネの父でもあったのです。
ミオリネは、そんなふうに自分の意思をまったく無視した取り決めを強要する父親や、自身が経営戦略のコマとして利用され人格を顧みられないルールに、心底反発しており、この現状の打開を予てから画策してもいました。そうした事情を唯々諾々を受け入れる薄幸のお姫様ではないというのは、令和クオリティとしては当然ですね。
まぁ現実にあったらとんでもない権威主義、家父長制的で、人権上モンダイな設定なのは言うまでもないです。ですが、ソコはまぁ、フィクション。そういう世界観の中で、さて、何が描かれていくのでしょうか?
で、そんなわけでモビルスーツ操縦の腕前は学園でピカイチ、決闘では連勝を重ねて「ホルダー」の地位に在り、しこうしてミオリネの婚約者となっているグエル。このときもミオリネに対して支配的・威圧的に振る舞うのですが、ミオリネがこれに激しく反発すると、勢い余ってミオリネが大事にしている私物を破壊するなどの狼藉に及びはじめます。
曰く、俺は今まで甘すぎたようだ、これからは将来の夫としてビシバシ厳しく行くゾ、オマエはおとなしく俺のモノになっておけばイイんだ。
さしずめ私たちの現実世界で言うところの、マチズモを内面化してしまい、ヘゲモニックマスキュリニティを身に着けてしまった男性の行動原理の典型例ということになるでしょうか。
ここで、かかる状況を見かねたスレッタ。おそるおそるグエルを止めに割って入ります。
しかし、水星には若年人口が少なかったため学校に通うのもこれが初めてのスレッタが、慣れない学園の環境でいささかコミュ症気味におどおどした物腰なのを見たグエル、完全にスレッタを単なる世間知らずな田舎娘と見下します。
そうして、学園の習慣を持ち出すと、文句があるなら俺と決闘しろと煽るのです(前述のとおり、各種の揉め事もこの学園ではモビルスーツどうしの決闘で決着されるのです)。むろん、そう言えば恐れおののいて引き下がるだろうとグエルは考えており、本当にスレッタと決闘する気はなかったでしょう。てゆか「ホルダー」の自分と、こんな田舎者とでは勝負にもならんワ!
ところがスレッタの回答は、じゃあ、します、アナタと、決闘!!
そんなこんなで、番組的には見せ場でもあるモビルスーツ戦、息巻くグエルに対し、スレッタが水星から持ってきた愛機エアリアル(これが本作でのガンダム)は、スレッタの盤石の操縦のもと、その性能をいかんなく見せ付けて圧勝します。
あまりの瞬殺に、グエルは何が起きたかよくわからずにポカ~ン( ゚д゚)
……こうしたプロットにより、つまるところ権威主義的、家父長制的な価値観や、それらを肯定的に内面化したマチズモ漲る行動原理が、バッサリと否定されたことになります。いわゆる男性ホモソーシャル権力機構の価値基準が覆されたと言ってもよいでしょう。
なので、この『機動戦士ガンダム 水星の魔女』、まさにジェンダー論の教科書の重要項目のひとつを早々にクリアした第1話だったということになります。まさに「フェミニズムが評価すべきガンダム」ではありませんか!! ですから「フェミニストの偉い先生」方、『水星の魔女』を観てくださいノ

(2023/02/07)
ネット配信での視聴、各種プラットフォームでのいわゆるサブスク契約があると全話とも視聴が容易ですが、そうでないと第1話も有料化されています。
が、オンエアの際の「6.5話」だった6話までの総集編は無料で観れるようです。上述したエッセンスについてはこちらでも確認可能でしょう。
 → まだ間に合う!『機動戦士ガンダム 水星の魔女』スペシャル特番
  https://www.nicovideo.jp/watch/so41356825 (ニコニコチャンネル)

さらにきわめつけはココから。
決闘でグエルに勝利したスレッタにミオリネが告げます。
現行ルールに従う限り、「ホルダー」に勝ったのだから、今日からはアナタが「ホルダー」、つまりこれからは自分の婚約者はスレッタなのだと。
わ~ぃ、百合婚だぁ(*^^*)
……などと呑気にオタい反応をしていてはいけません。
「アタシ、女ですけどぉ……!?」
と、「常識的」な反応をするスレッタにミオリネはこともなげに言い放ちます。
「水星ってお堅いのね。こっちじゃ全然アリよ」
……………。
え゛っ、そーなの!?!?
そりゃ今どき、女性どうしの同性愛的な親密具合が描かれるアニメなんて珍しくはありません(珍しくなさすぎて代表例の列挙すらできないくらい)。
ただ、それはそうとしても
[ 同性婚はまったくフツーのことである ]
そう断言されて第1話が終わる新番組なんて、どうして予測できたでしょう。
ぅっわ、画期的すぎる!

かくして、ジェンダー観点からコメントしないといけないようなポイントてんこ盛りの『機動戦士ガンダム 水星の魔女』第1話を観終えて、ワタシは思わず叫びたくなるほどのエモさを感じてしまったというわけなのでした。

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もちろん第1話終了時点では、「水星ってお堅いのね」「こっちじゃ全然アリ」が、話を締め括るための単なるキャッチーな台詞回しだっただけな可能性もありました。
しかし、その後の各話の様子を見るに、どうやら本当にこの作品世界では皆が同性愛なんてべつにフツー・同性婚も「全然アリ」だと思っている、そういう価値基準の世界観になっているようなのです。

なんとなれば、その後も決闘に連勝し婚約関係が継続するミオリネとスレッタが女どうしである点は、特段のモンダイにはなっていない、とりたてて珍奇なことであるとも認識されていない、そんなふうな描写になっていると読み取れます。

関連して、先述のグエルには、いわゆる取り巻きとしてグエルを慕う女子が複数いるのですが、それがあくまでも純粋にスーパーパイロットしてのグエルのモビルスーツ操縦の腕前に惚れ込んでの敬愛であって、「異性としての恋愛感情」ではないようなのです。

他の「F4」(←違;)のメンバーも、自分の拠点に女性キャラをはべらしている描写があり、一見すると「ハーレム」なのですが、これもまた実態はまったく色恋沙汰とは無縁な集まりとなっていました。

恋愛が同性どうしでもかまわない、と同時に、男女だからって恋愛でなくてもいい、という「好きの多様性」の基本線を、しっかりと押さえて人間関係を描いてくる『水星の魔女』、これはなかなか信頼できます。


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性的指向にかかわる案件だけではありません。

第1話が盛りだくさんだったので、ワタシもすっかり気がつくのが後手に回ったのですが、物語の舞台となっている学校「アスティカシア高等専門学園」、よくよく見るとコレ、なんと制服が《ジェンダーレス制服》じゃあないですか!!

えぇっマジか!?

本当にコレ、基本デザインが男女共通で、全員がこの同じ制服を着用することになっています。
これはヤバい。
『アイカツプラネット』、女子制服のボトムがスカートの他にショートパンツも選べるゾ!」どころの話ではありませんぞよ!!
なるほど、「水星ってお堅いのね」のセリフは伊達ではなかった。

たしかに、マジレスするなら、私たちの現実世界における「ジェンダーレス制服」の理想は、1種類を全員に強要するのではなく、《選択肢を増やして自由に選べるようにする》です(そのあたりは学生服メーカーのトンボの特設サイトにも詳しいです)。
その意味ではアスティカシア高等専門学園のやり方はやや難アリな事例の描写だとも言えなくはないでしょう。

ただ、『水星の魔女』作中では話が進むにつれ、いろんな登場人物たちが着崩したり何らかのカスタマイズをしてる様子がいろいろ登場してきます。
各々のキャラ表現は、制服デザインが男女共通なことには妨げられていないわけです。
これはこれで、たとえジェンダーレス制服でも、個性は出せる・自分らしさは表現できる! というモデルケースを示すことにもなっており、これまた非常に意義があることでしょう。

ちなみに『水星の魔女』第1話のプロットが、じつは『少女革命ウテナ』のそれとそっくりだったという指摘も、両作を知るファンからは早々に上がっていました。
閉鎖的な学園の中で決闘が日常的に行われているなどの舞台設定を見るに、全体の枠組みにも両作の共通項は少なくないです。

もちろん「女性主人公学園ものガンダム」を制作するにあたっては、『花より男子』ともども、こうした過去の名作を参照・オマージュするのも、いわば定石、悪いことではありません。
てゆーか、第1話の脚本を執筆した大河内一楼氏は『少女革命ウテナ』のノベライズ版の作者でもあります。
つまりそのあたりは制作側の確信犯だと解釈してもよいでしょう。

ただ、じつは『ウテナ』第1話には、王子様に憧れるあまり、自分も王子様になりたいと思うようになった主人公・天上ウテナが、その一環として制服は男子制服を着用している、そのことを生活指導の教師に咎められ一悶着起きるというシーンがあります。

ですが……、これと同じことは『水星の魔女』の舞台たるアスティカシア学園でなら起きない、起こり得ないんですね。
そも制服に女子用男子用の区別がないので。

あれだけ物語の枠組みや第1話のプロットを似せて視聴者に連想を促しておきながら、ソコのところが『ウテナ』とは明確に違う。
すなわち、『ウテナ』で扱われたような(そして私たちの現実世界にも未だ残る)各種のジェンダー問題は『水星の魔女』の作中世界では、もはや解消していますよ。そういう世界観の中で本作の物語は進行しますよ。そういうメッセージを深読みすることもできてきましょう。

実際ストーリーの進行を見守ってみると、現実世界の私たちなら知っているようなさまざまな性別役割分業等々はほぼ排除されています。全体的にジェンダー規範の存在感が希薄なのです。
性の多様性は当然という認識が皆にしっかり共有されているのはもとより、作中の誰もが「男は男らしく・女は女らしく」といった観念と距離を置いている、否、まずもってそういう考え方自体を知らない、そういう雰囲気が濃厚だと言い換えてもよいでしょう
(なので先述のグエルの第1話での蛮行も、本人にとっては、さまざまな価値観を内面化してしまったがゆえではあっても、単純に「男だから」ではなかったことになりますし、そのことが読み取れる挿話もある。そのあたりの描写の深さも、本作なかなか秀逸です)

しこうして、すべての登場人物について、誰が女で誰が男かなんてことはあまり意味がない・どうでもいいことだという前提で話が動いている、そういう作劇になっているとも言えてきます。
いわば、どのキャラが女か男かは、視聴者の自主的な解釈の中にしかなく、作中には存在しない。

このあたりも『水星の魔女』、じつに周到で丁寧なつくりになっていると評価できるでしょう。

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 ※佐倉作成、講演で使用しているパワーポイントファイルからジェンダーレス制服についてのスライド
(学生服「トンボ」公式サイト → https://www.tombow.gr.jp/school/original/genderless/


たしかに、『水星の魔女』作中では、「決闘」自体がフィクション世界ならではの珍妙な設定である他、親の意向で娘の結婚相手を決めてしまうような封建的なしきたりも運用されています。

じつは他にも、親世代は企業間の経営戦略や企業グループ内での覇権争いのようなものに明け暮れており、それにともなう権謀術数や、あからさまな陰謀にも手を染めていたりします。
その結果、主人公ら子世代は、親が望む生き方を押し付けられたり、さまざまな策略の片棒を強いられたりもするのです。
あまつさえ、スレッタの母親までもが、どうやら自身の秘めた目的(復讐?)のためにスレッタを利用している・真相を隠したまま学園に送り込んでいる、そういうフシも窺えます。

とはいえ、この状況は、それ自体が肯定的に描かれているわけではなく、むしろ子どもたちがこれらをはねのけ覆し、自分自身の道を掴んでいくための、成長課題としての、作劇上の素材のひとつではありましょう。

だからこそ『水星の魔女』の主題歌もまた、
「誰かが描いたイメージじゃなくて/誰かが選んだステージじゃなくて/僕たちが作っていくストーリー」「呪われた未来は君がその手で変えていくんだ」(YOASOBI『祝福』 作詞:Ayase)
あるいは
「君よ 気高くあれ/迷うな 少しずつでいいんだ/宿命を超えて再び進め」「二度と誰かに自分を決めさせないと誓え」(シユイ『君よ 気高くあれ』 作詞:ryo)
 などと歌っているわけです。

そうして、作中の主人公らが、強要された古い価値観に基づく人生を拒み、そのオルタナティブたる新しい生き方を模索しながら自己実現を図っていく、そこに至る物語が今後の展開を通じて示されていくことは、現に視聴者からも大いに期待されているところです。

以て、視聴者、特に若者世代に対しては、旧弊に絡め取られることなく、自分らしく、自分のやりたいことを選び、なりたい自分になればよい、そういうメッセージになる――、それが制作側においても企図されているに違いありません。

そして、その際、視聴者にとっては最もそれを妨げる要因のひとつである、私たちの現実世界にはいまだ根強い各種のジェンダー規範やセクシュアリティにかかわるしきたり、それが『水星の魔女』作中には……ない!

これは絶妙な匙加減です。

このことが、逆説的に、視聴者が戦うべき真の敵は、まさにこのジェンダーやセクシュアリティをめぐる因習の数々なのだと、伝えることにもなっているのではないでしょうか。

ぃや、じつにスバラシイ。
これらが、一部のアニメファンのみが知る事実にとどまるのはじつにもったいない。
やっぱり「フェミニストの偉い先生」方は、『水星の魔女』を観るべきですノ


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(『水星の魔女』主役メカ「ガンダム エアリアル」との名前つながりで、ヤマザキのスナック菓子「エアリアル」とのコラボ商品も発売されました)
◇◇


◎ミオリネ一代記としての『水星の魔女』

『水星の魔女』第7話では、スレッタとミオリネは企業グループ主催のパーティーに参加するのですが、いちおうフォーマルな場ということで、2人とも格式に則ったドレスを着用することになります。
その際、そうしたドレスの持ち合わせがなかったスレッタに、ミオリネは自分の手持ちのドレスのひとつを貸すのですが、それを着用したスレッタ曰く
「ちょっと胸がキツイ」

………;
まぁ、胸のサイズをめぐって女性登場人物どうしの間で複雑な思いの交錯があるというのは、さまざまなフィクション作品を通じた定番のネタでもあるので、直ちに不適切な表現扱いするのは拙速というものですが、さりとて、あまりに無批判にやりすぎると、既存の異性愛ルールに存する問題含みな価値観まで含めた再生産に加担してしまうことになるので、注意が必要な題材ではあります。

ただ、このときスレッタはミオリネの「婚約者」。
仮にミオリネが胸の大きさでスレッタに嫉妬するとしても、私たちの現実世界にあるような異性愛主義的な規準の下でのそれとは、微妙に軸線が異なることになるわけですね。
以て胸の大きさが女性間の序列形成のメルクマールのひとつになっているような現状をも揺さぶる効果があるシーンともなっており、このあたりもなかなか巧い。

しかもこのときのミオリネ、
(アンタとは身長~体格差があるんだから)アタリマエでしょ!
とばかりに、スレッタの発言を一蹴。
定番のリアクションはまったく出てこず、あくまでも作品のキャラクターデザインの設定上、スレッタのほうが頭1つ分ほど高身長なせいだ(から当然)というところに落とし込んでいました。

ちなみに作中では便宜上、ミオリネが花嫁、スレッタが花婿と呼ばれているのですが、こうしたフォーマルな場のドレスコードに合わせて装う際、………2人ともレディースのドレスでイイんですね。
スレッタは「花婿なんだから」とタキシードだなんてことは、ゼンゼンない。

この点もまた、異性愛主義的な結婚観からさりげなく距離をおいた描写が、非常にナチュラルに当然のこととして提示されていると言えるでしょう
(なので「花嫁」「花婿」もあくまで形式的な便宜上の呼称だと容易にわかる)。

私たちの現実世界では、結婚式の相談に行ったら「女性どうしでも、どちらかが男装していただけるなら大丈夫ですよ」などと担当者に言われてレズビアンカップルがブチ切れた……なんて事案が、ほんの数年くらい前まではあったようなので、そうした状況がようやく改善されてきた現実の、その0.3歩先を見せることは、予示的政治として大いに有益です。

で、
このときの「企業グループ主催のパーティー」、やはり様々な策謀が渦巻いており、ついにスレッタも「謎深きモビルスーツ[エアリアル]を操る魔女」というレッテルで陥れられそうになります。

しかし、そこへ割って入りピンチを救うのはミオリネ。

ロボットアニメの花である巨大ロボの操縦こそ才覚がありませんが、作中で政治的な交渉事やさまざまな経営戦略の透徹は一手に担当して大活躍する役回りは、他ならぬミオリネなのです。
このあたり、一歩間違うと、というか昭和の古のアニメだったら、「花嫁」ポジションのキャラは[ただ守られるだけのお姫様]になりかねないところを、そうはしないぞ! という工夫が行き届いています。

そうして、このときもミオリネ、大胆な機転を利かせて場の聴衆を説き伏せ、その勢いに乗って新会社の設立計画までぶち上げるのでした。

そんな、巧みな話術で相手を圧倒するミオリネの姿に対しては、「半沢直樹みたい」という感想を述べる視聴者もいたりしましたが、これはたしかに言い得て妙。
大人の世界についての描写では企業間のビジネスの駆け引き等々が(どこかではおこなわれているらしい国家間の戦争よりも)前景化している本作。その意味で経営をめぐっての経済ドラマの側面は必然でしょう
(そのうち株式会社ガンダム社長ミオリネさんが「倍返しだ!!」とか言うところは見てみたいw)。

となると、本作をミオリネに軸を置いて見直してみると、ミオリネが巧みな交渉術や抜群のビジネスセンスで起業家として大成していくドラマなのだという見方もできてきます。
つまり、いわばNHK朝ドラみたいな番組ってことですね。

そんなこんなで、学園もののフォーマットから「花より男子」っぽくもあり、第1話など「少女革命ウテナ」を連想させ、一方で「半沢直樹」的な様相も見せつつ、NHK朝ドラの如き構造も織り込んである。
そして、そうしたテンプレートを効果的に活用しつつ的確に統合して、ジェンダー観やセクシュアリティ観をきちんと今風に適正に整えたところへ《ガンダム》要素を流し込むことで、こんなにも面白い作品になり、かつ多くの視聴者も喝采して大人気となっている。
これはやはり令和時代ならではのケミストリーでしょう。

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◇◇


◎昭和だったらグエルが主人公 (2022/12/26)

さて、第1話では専ら悪役を演じたグエル・ジェターク。

あの蛮行はやはり許されるものではありませんので、たしかにソコは擁護できません。
しかし、第2話以降で、その点がキッチリ断罪され、加えて、第1話での粗暴な側面を見せた背景を含めて、父親や弟への複雑な思いなど、キャラ描写が掘り下げられると、視聴者からの評価・好感度は上がり、ある意味『水星の魔女』きっての人気キャラになっていきます。

第2話以降でも、スレッタとの決闘の再戦で再び敗北した挙げ句スレッタに好意を抱いてしまったり、その流れでスレッタの気持ちを踏みにじったと判じた相手と決闘になって惜敗し、しかし決闘で連敗を重ねたせいで父親からは不興を買い学園を退学させられそうになるなど、非常に不遇な役回りなのですが、それと反比例して視聴者からの好感度・人気はうなぎ登りとなっています。

思えば、「すぐに熱くなる直情的な性格の熱血漢」「日頃からの鍛錬に裏打ちされた自信」、その基底にある「素直さと正義感」、こういうグエルにも該当するキャラ像、記憶の糸を手繰れば、ヒットする事例、ありますよね。

すなわちグエル、令和のガンダムなのでいささか損な役回りを担うことになっちゃってますが、もしも昭和のスーパーロボットアニメだったら、フツーに主人公として、例えばグレートマジンガーあたりに乗ってたんじゃないでしょうか

……そう考えると『グレートマジンガー』の挿入歌だった「鉄也のテーマ(作詞:浦川しのぶ)」の「叩きぬいたこの技は涙と汗の結晶だ~」「俺の根性 見せてやるぅ」「男の意地で戦うぞー♪」あたりの歌詞、なんかもう《グエルのテーマ》に聞こえてきていちじるしく微笑ましいですネ;

もちろん、ロボットアニメの主人公にはすべからく燃える熱い漢しかいない、激しく「男」を推してくるのがキャラ造形のスタンダード、あまつさえ女の子は主人公になれない・あくまでも女性キャラは補助&ケア役割、そういう状況が好ましくないのは論を待ちません。
しかしながらソレがあらためられはじめて既に幾星霜。
この西暦2020年代にあって、グエルのように、いろいろなパターンのキャラ像の一種としての少し「男臭い」キャラクターが、相応の新鮮さをもって若い視聴者に支持されているというのは、話が2周ほど回った果ての、なかなかいみじい事象にも思えてきます。

そしてグエル、
第10話では(本項目のみ2022年12月25日放送の第11話までの視聴に基づいて記述しています)スレッタやミオリネたちが新会社の立ち上げに生き生きと奔走している様子を横目に自身は父親から学園の退学と子会社への就職を勝手に決められてしまった境遇にいろいろ思うところがあったのでしょうか、なんと家出・失踪して、宇宙のどこかで何らかの業者の求人に応じたアルバイト生活に偽名で勤しんでいる様子が登場します。

ぅわぁ、かつては学園の「F4」(←違;;)の筆頭というエリートだったのに、まさかまさかの転落人生!!

……ただ、表面的にはそうなのですが、よくよく内実を吟味すると、以前は父親の価値観に従い、父親が決めた人生のコースに甘んじていたのが、そんな生き方に疑問を持ち、あらためて自分を見つめ直し、自らの進んでいく道を模索し始めているということが、じゅうぶんに読み取れます。
つまり主題歌が言うところの「誰かが描いたイメージじゃなくて/誰かが選んだステージじゃなくて/僕たちが作っていくストーリー(作詞:Ayase)」を、現段階では作中でグエルが最も明示的に実践しているということになります。

まさに『水星の魔女』作中で、いちばん祝福されているキャラクター、グエル・ジェターク!

なかなかオイシイではありませんか。
この先の展開を期待して見守りたいところです。


◇◇
  

◇◇

(2023/07/03)
というわけで『機動戦士ガンダム 水星の魔女』。
分割2クール目の放送も進み、昨日ついに最終回を迎えました。
1クール目終盤あたりなど途中は血湧き肉躍る展開(!?)もありましたが、最後は学園ものとしてスタートした女性主人公の物語ならではの収まりを見せ、当記事で述べた点を裏切ることもないエピローグに至ったと言えるでしょう。
最終話のつくりがプリキュアのそれと似ていた」という感想も少なくなかったようで、たしかにストーリーの畳み方の構造はプリキュアリティが高いものだったと解せるかもしれません。
いわば『機動戦士ガンダム 水星の魔女』、まさに《プリキュア20周年時代のガンダム》だったのだということになるでしょうか。

◇◇

◇◇



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