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「LGBT」など性的少数者の人権、セクシュアリティの多様性、クィア論、男女共同参画などや、そうした観点に引きつけてのコミュニケーション論、メディア論、「アニメとジェンダー」など、ご要望に合わせて対応いたします。※これまでの実績などはお知らせブログにて

2018年は「2014年のアニメが変態すぎる…」どころぢゃナイ! [多様なセクシュアリティ]

さて2018年も残り少なくなりましたが、今年の各種コンテンツをふり返ると、これまた性の多様性などの観点から、なかなかに画期的な作品が多かったのではないでしょうか。

このブログで「2014年のアニメが変態すぎる件」と題した記事を書いたのは、もう4年前になる計算なわけですが、2018年はソコからさらに1歩進んだ感が禁じえません。

特に、深夜アニメではガッツリと性の多様性にコミットした内容も珍しくないのが今であり、現に2018年前半でも『citrus』などの百合レーベル作品がアニメ化されており、いわゆる「きらら系」などの事実上の百合作品なら珍しくもなんともありません。

魔法少女 俺』のような捻り方のものまでチェックしだすと、多すぎて言及しきれないほどです(ので、この記事でも全部は拾いきれていませんし、言及作品についても逐一詳述には手が回っていません;)


  


ところが今年はなんと実写ドラマにまで、シスジェンダー&ヘテロセクシュアルを当然視していない設定で、多様な性をさらりと前提にして描かれた物語が登場しました。
しかも大人気に!

言わずもがな、『おっさんずラブ』ですね。

この作品では、いわゆる従来の同性愛をネタ的に面白がるようなスタンスではなく、むしろ恋愛は異性間に決っているという思い込んでいる側の行動をコミカルに演出したり、同性間の関係性や気持ちの揺れなどには真摯に迫って物語を描き出すなど、丁寧なつくりが高く評価できるところでした。

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※当記事中の引用画像はすべて放送画面や公式サイトからキャプチャ


実写ドラマといえば、NHKが『弟の夫』に続いて、トランスジェンダー女性が一般OLとしてフツーに働く日々を描く『女子的生活』を投入したのも注目に値するでしょう。

こちらも(作劇上いろいろ事件は起こってしまうとはいえ、決して「泣ける! 性同一性障害者の苦悩に真剣に肉薄した感動作!!」のように過度に特別視するでなく、あまつさえ「ニューハーフ」という限定的な捉え方の域を出ない一昔前の視角から脱することができていないなんてこともなく)トランスジェンダーがごくあたりまえに人々の日常生活に溶け込んでいるのを描こうという方針が伝わる画面となっており、好感が持てました。

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さらにそこで主演した志尊淳は、直後にはやはりNHKの朝の連続テレビ小説・いわゆる「朝ドラ」の『半分、青い。』でもゲイの青年役で登場します。

志尊淳といえば『烈車戦隊トッキュウジャー』でのレッド役でしたが、「男の子の憧れな戦隊でヒーロー役だった俳優が今度は《オカマの役》を演っているのはモンダイだ!」とはならないのにも、時代の進展がうかがえます。逆にいえば、後にLGBTの役柄も好演できるようなジェンダーレス男子系の俳優のイメージが、戦隊ヒーローのレッド役として求められる人物像として受容される時代だということでもありましょう。


  


映画館に目を移すと、海外作品の『君の名前で僕を呼んで』もありました。
これもまた、一昔前のような単純な「禁断の同性愛であるがゆえの悲恋」描写に陥らず、親も主人公を肯定するようなところは今風だと評判です。

同時期には『あさがおと加瀬さん。』も公開され、これもまた百合作品のアニメ化として綺麗にまとまっていましたし、何より今年の劇場版アニメの台風の目だと言える(!?)リズと青い鳥は、もはや特筆しても特筆しきれないくらいです。

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そもそも『リズと青い鳥』は、《好きの多様性》アニメの震源地のひとつである『響け!ユーフォニアム』のスピンオフ。
いかに、「男女で異性愛」という囚われとは対極のメソッドで純粋な「好き」の応酬を語っているかは、推して知るべし。

そんな作品群が、そこらへんのイオンモールの併設シネマコンプレックスで、場合によっては同時に掛かっているというのも、何気にスゴいでしょう。

こういう内容の作品って、ほんのちょっと前までは「クィア映画祭」のようなイベントにまでわざわざ出かけないと観れなかったりしなかったでしょうか。
こういうのも「2018年クォリティ」なんだと思います。


  


あるいはミニシアター系の映画館にまで足を延ばせば『少女邂逅』とかもやっていたようですし、なんといっても30年前の知る人ぞ知る名作1999年の夏休みのデジタルリマスター版が上映されたのは、もっと話題になってもよいくらいでしょう。

『1999年の夏休み』は、佐倉智美著・小説『1999年の子どもたち』がタイトルをパクっている(!?)点については何度か述べていますが、今般あらためて「原典」をじっくり観てみるに、やはりコレはこの2018年あたりでこそ、理解できるためのチャンネルを備え持っている人も増えている、そういう内容だと感じました。

4人(?)の少年(??)たちの間を飛び交うさまざまな質が異なる愛憎の矢印の複雑さは、まごうことなき「好きの多様性ストーリー」の真骨頂。

これを30年前に、ここまでやったのかというのは驚嘆に値するものですし、30年前の時点でこの映画の魅力を感じ取れたファンは、相当に訓練された人だったのではないでしょうか。おそらくワタシも30年前の時点で観ていたら理解不能だったかもしれない……;

まさに《好きの多様性》が多少なりとも人口に膾炙してきた今こそ、『リズと青い鳥』などとセットで鑑賞するに相応しい映画だと思えます。

 


そんなこんなで、この2018年12月時点でも興味深い動向は続いています。

抱かれたい男1位に脅されています。』という一見するとショッキングな題名の、しかし実態は王道のボーイズラブ物語の深夜アニメも好評放送中です。
そう、BLです。男どうしです。

ざっくり言って、作中の「女性からの評価による『抱かれたい男』ランキング」1位のタレントと同じく2位のタレントの2人が、あんなことやこんなことやぉお~っ何もソコまで! というような行為に至るわけです(*^^*)
てゆーかBLとして王道すぎて、ぃやいゃコレ、よくアニメ化できたな!(*^^*)

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片や今期はそれに並び立つ形の百合作品も、やはり深夜帯で好評放送中です。
仲谷鳰による話題の漫画作品がついにアニメ化された、そう、『やがて君になる』……。

これはこれで、たしかに「百合」ジャンルの要素はじゅうぶんに満たしており、身体的な関係性についても、実際かなり踏み込んだ演出がなされていたりします。

とはいえ作品を貫くテーマは「男女間の《好き》は特別な《恋愛》である」という現状現実世界で卓越的である多数派かつ硬直的な観念自体への疑義。
はたして「好き」とは、「恋愛」とは、「特別な気持ち」とは……といった命題を丁寧に真摯に向き合って解きほぐしていく、そういう仕掛けの物語なのです。

むしろ『やがて君になる』は、それらについて再考しやすくするために「性別」をいったん取っ払ったフィールドを用意してみたらソレが結果的に百合ジャンルと親和的だったと言ったほうが、もしかしたら正確なのかもしれません。

すなわち、単に百合ジャンルに話題のタイトルが加わり作品群のラインナップがいっそう豊穣になり女性同性愛にかかわる物語を身近に感じる機会が増えるという意義以上に、多様な性の深淵に肉薄する効果が多大な作品となっているわけです。

コレが《好きの多様性》アニメの最前線であることには異論は少ないのではないでしょうか。


  


そうしてここへ来て、がぜん注目を集めているのが日曜の朝の子ども向け枠の定番コンテンツとなったプリキュアシリーズ最新作『HUGっと!プリキュア』。

12月2日放送の第42話「エールの交換!これが私の応援だ!!」では、ついに男の子もプリキュアに変身した……とも受け取れる描写が入ったことが話題を集め、ネットニュースや一般紙報道にまで取り上げられることになりました。

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もちろんこれは、ここで唐突にそういう展開になったわけではなく、他の描写とも合わせて、作品開始当初からさまざまな目配りを織り込んで作劇してきたことの、ひとつの象徴的な集大成として理解する必要があります
(プリキュアシリーズ全体を通じた「男の子プリキュア」に関する流れについては当ブログでは昨年の「 [1:男の子プリキュアへの中間回答] 女の子は誰でもプリキュアになれるのか?」が現時点で最新のまとめになっています)

「なんでもできる! なんでもなれる! 輝く未来を抱きしめて!!」をキャッチフレーズに制作され展開してきた物語には、性別への囚われをさりげなく解体していくメッセージとして刮目させられるポイントが随所に仕込まれていました。

これら『HUGっと!プリキュア』についての総括は、また追って別記事に取りまとめたいと思います。


  


また、この「男子プリキュア」と対になるとも解せる「女子ウルトラマン」をめぐる動きも起きています(この項目 2018/12/22 加筆)

同時期に放送中だったウルトラマンシリーズ最新作『ウルトラマンルーブ』では、主人公らの妹・湊アサヒが主人公らと同等の力(映像表現上は変身アイテム)を手にしてウルトラマンに変身するに至ることを示唆する演出がテレビ本編の最終回でおこなわれました。
実際の顕現こそ2019年3月公開の劇場版に持ち越されていますが、「ウルトラマン(ウルトラウーマン)グリージョ 登場!」…は、すでに事前情報が解禁され注目の話題になっていると言えましょう。

湊アサヒは作中で現役女子高校生という設定ですが、演じる其原有沙さんも必然的に「息をするようにプリキュアを観て育ってきた世代」。
変身ヒーロー役を演ずる勘所などはナチュラルに身に付いているというか、当たり前に心得があるといった気配は画面から濃厚に伝わってきます。

女性のウルトラマンの前例については遡れば「ウルトラの母」なども存在するわけですが、今回は主人公である兄たちに同等の立場で並ぶ形での変身となるはずですから、やはり時代を一歩進める試みだと評価してよいかと思われます。
事前情報では劇場版での描写が因習的な、いわば「ウルトラの妹」で終わってしまいかねない不安も残ってはいますが、いろいろな制約の中でもスタッフらが可能な取り組みをしているものとして見守っていくことが肝要ではないでしょうか。

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ともあれ以上のように、2018年のアニメをはじめとする各種ポピュラーカルチャーコンテンツにおいては、セクシュアリティやジェンダー役割規範にかかわる因習的な常識を超克したムーブメントを包含した作品が、多々見られました。

しかも先述の2014年時点などと比較するとよりいっそう、どれもこれもアッサリもうコレはフツーという空気感を出しているのが印象的です。

性の多様性を基底に置くことが前提として当然になっていき、割り当てられた性別にかかわらず「自分」になることが称揚される、そういう社会のありようがもっともっと身近になる未来が実現していくことに、こうした傾向が大いに資するものであると期待せずにはおれないところです。


◇◇


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佐倉満咲、大学でジェンダーを学ぶ [今週の佐倉満咲]

さて以前にもお知らせしたとおり、我が娘・佐倉満咲さんはこの4月から大学生となり、社会学系の学部であれやこれや学びながら、課外活動に、あるいはバイトにと励んでおります。

(その傍らではワタシの講演会に同伴しては会場にてコメントをしたり質疑応答の時間には回答を担当する場合もあるなども…)

う~む、なんか毎日楽しそうでイイなぁ(^^;)


で、まだ1年次とはいえ、それなりに専門科目的な授業も配当されているようで、必然的にジェンダー論的な内容にも触れるようなのですね。

ところがある日は帰宅するなり、その日の授業での

「『ジェンダー』についての説明が、ちょっと初歩的な説明がしつこくて退屈だった」

 …と のたまうではありませんか。
あらあら、ずいぶんとエラくなったわねぇ(^_^;)

そこでさらに聞いてみると、「ジェンダー」に対する「セックス」というのが「そうじゃない」というところがくどかったのだと言います。

いゃいやぃや!

身体的な「セックス」という絶対の分類がまずある上に、社会的文化的な「ジェンダー」が架構され性別・性差が本来あるだけよりも強調されている

……のではなく、

まずもって人間社会に男女二元的な性別概念があって、それがゆえに生殖に関わる身体のタイプの差異が身体的な「性別」と認識され、男女の身体だと解釈されているにすぎない、すなわちジュディス・バトラーが言うところの「セックスはすねにすでにジェンダー」、要は「ジェンダー」のほうが先にあるのである、じつは……

 …ってけっこう高度な話じゃね?

それが退屈だった??

貴様、いつのまにソコまでレベルを上げた!?

……と思ってさらに詳しく聞いたところ、

《ここで「セックス」というのは「エッチする」的な意味ではなくて身体的な性別のこと~》という説明がしつこかった

 という件だったので、あっゴメン、そりゃぁたしかにかなり初歩的ですわ;

まぁ昨今は高校の教科書にも「ジェンダー」の語は載ってますし、何らかの形で多少は掘り下げた学習も珍しくはないはずなのですが、やはり地域や学校・担当教員によって指導の内容に濃淡はあるでしょうし、個々の学生の興味関心にも温度差等はあるでしょうから、大学での初っ端での指導としては、こうした基本中の基本を押さえるのも必要なことであるとは理解できます。

なので逆に言えばこの一件は、さほどウチの娘が「海原雄山先生怒る」だったわけではないということにもなりましょう。


ところがそれから半年ほどして後期授業の期間に入ると、またまた満咲さん、今日のジェンダーに関連する授業でのセクシュアルマイノリティについてのくだりがそこはかとなく退屈だったみたいなことを言うではありませんか。

「……え゛っ!? 性的少数者についてやろ? いわば得意分野やろうに、なんでっ??」

そんなわけで詳細を聞き出してみると、なんでも

1:どこかですでにいっぺん聞いたことがあるような内容なので目新しさが少ない

2:《LGBT》についての説明まわりに関して「ぁあー~先生、ソコは誤解が起きやすいポイントやから、もう一言補足説明がほしいところなん…」というふうになってしまい、微妙にストレスが溜まる

 …とのこと。

ぁあーなるほど、こちらはむしろ得意分野であるがゆえの悩ましさでしたか(^^ゞ

コレについても学生の平均的な水準を考えると、いきなり濃すぎる内容をぶつけるのもちょっとした冒険だという判断は穏当です(ワタシはやりますが;)
同時に、教員側が研鑽を怠らない気構えもまた問われているのかもしれません。

なのでこちらは我が娘・満咲さんのプチ「海原雄山先生怒る」案件だったとも言えますが、ヤツがこのテーマに相応に造詣が深いのは、だいたいワシのせいやしなぁ…;

「う゛~む、ジェンダー論がらみの授業だけ院のゼミにでも混ぜてもらう?」

「いゃー、英語の文献を読むのは無理っぽだからソレはだめ」

………だからあれほど;;;
(いわゆるワタシが高校時代の自分に伝えに行きたいのが勉強だということはアナタも……という以前にした説教をふまえて)


とまぁこのような感じで我が娘・満咲の現役女子大生生活は進行中。
後半に突入した「多感な若き日々」もイベント盛りだくさんといった様子です。

ちなみにただの友だちの男子の新キャラも、どうやらさらに複数増えているようなのですが、はてさてどうなることやら。

◎ここだけの話ですがじつのところさまざまな登場人物の異性・同性・恋愛・友情といった区分に収まりきらない関係性が入り乱れる物語という点では、今どきの「好きの多様性」が描かれているアニメにも匹敵するオモシロさかもしれません。
小説版・佐倉満咲さんの高校生活としては『1999年の子どもたち』があるわけですが、ここへ来てリアル佐倉満咲さんの高校生活(~大学)のノベライズというのも意義がある気がしないでもありません。
そうなるとモンダイは誰がどこでどう書くか、ですが
1:「お父さん」が書く
2:本人が自分で書く
3:その「ただの友だちの男子」の中に創作系の素養を持つ者も何人かいるとのことなので、そのうちの誰かがもうすでに書(描)いている!?
……さぁどれ??

これら好きの多様性」にかかわる、いわば最先端の実践事例については、引き続き見守っていきたいと思います(がプライバシー・個人情報のカンケイで詳しくお伝えできる内容はやはりかなり限られるかもしれない点、ここまでと同様ご容赦ください)


◇◇


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