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人はなぜスポーツの観客になるのか? [その他雑感つぶやき]

新型コロナウイルス感染症が猖獗を極めた2021年の夏。

そんな中でオリンピック・パラリンピックなどという大規模国際イベントを開催しないといけなかったというのも今般、大きな負担だったというのは否定しきれないものでしょう。

「大規模イベントを誘致して経済効果」的なさもしい発想の政治。
そして実際にこれだけ大変な状況であっても中止にならないことの裏に透けて見える数々の利権の闇。
にもかかわらず少なくない人々が浮かれるほど関心を寄せてしまう「スポーツというものが持つ特権性」。
コロナで大切なものを失った人はたくさんいる。失われた大切なものはたくさんある。
なのに「4年に1度の祭典」「重要な国際的スポーツイベント」、そんなお題目だけで、他より優先的に特別扱いになるというのは、控えめに言って公平性を欠くでしょう。

こうした点は、今後とも不断の検証が必要なのではないでしょうか。


 BL210927_OnlookSports01.png
 (画像はイメージです。出典:いらすとや 以下当記事中同様)◇◇

一方、そんな無理を押して開催された大会ですが、さすがにまるっきり平常どおりとはいかなかったのもさもありなん。

例えば多くの会場における「無観客」での開催。
楽しみにしていた人にとってはさだめし残念なことであったでしょう。

ただ………

ここで、あらためて気付くのですが、

ものすごいそもそも論として、さて、はたしてスポーツに観客って必要なのでしょうか!?

!!

例えば舞台演芸、コンサート等々であれば、これらは根本的に誰かに見せるためにおこなわれるわけで、ゆえに観客がいてこそ成立するものであります。
こうした類の催しもまたコロナ感染症を受けて「無観客」で開催されるケースは散見されますが、さりとてそれは会場には客を入れずにカメラを通して現場の様子を生中継・配信する……というような事例でしょう。
本当に誰も観ていないのに、演者らのパフォーマンスだけがおこなわれるというのは、ちょっと考え難いです
(だからこそ、『ラブライブ!』のアニメ第3話※での「0人ライブ」をめぐってのドラマトゥルギーも成立するわけで; ※シリーズ第1作、いわゆる「無印」の第1シーズン

対してスポーツは、アスリートがプレイ、競技するだけで、もう第一義的には完結しちゃって……ますよね!?

たしかに、観客からの応援を受けて、プレイヤーが発奮し、その結果として好ましい成果が生まれる……みたいなインタラクションにも相応の意義はあるでしょう。
でもそれはあくまでも第二義的なもの。
スポーツにとっては周辺環境に属する事情です。

スポーツの本質は、アスリート自身が、プレイヤーとして競技をとりおこなう、ソコそのものにあるわけではありませんか!

そう考えれば、
「アスリートが勝手にやっていれば、ソレだけですでに《スポーツをした》こととして成立するものを、なんでわざわざ縁もゆかりもない他人が観てあげなくてはいけないのだろう!?」
 のような物言いも、あながちできなくもなくなってきます。

さて、

いったい私たちはナゼ、スポーツなるものを見に行くのでしょうか?


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この、スポーツをするという営為は、第一義的には観客を必要とせず、アスリートが競技をおこなうだけで成立する、という視点の再確認は、今あらためて重要なのかもしれません。
この考え方をあてることで、逆に、私たちがスポーツ観戦に何を求めているのか、人はスポーツをなぜ「観る」のか?? そういったことを詳らかにしうるわけです。

さらには、第一義的には観客を必要としない、にもかかわらず、観客の存在が自明視されているという現状から、この社会におけるスポーツなるものの位置づけがいかようなものであるのかを浮き彫りにすることができる、とまで述べるのは、さすがに言いすぎでしょうか。

ともあれ、スポーツ社会学か何かの分野で、このあたりの研究は、進めてみる価値がありそうな気はします。


本稿は、あくまでも「《スポーツは第一義的には観客が不要》であることを再確認することで、スポーツについて考察する際の視点の広がりが得られるメリットは存外に大きい」ことを述べているものです。
現に広くおこなわれているスポーツ観戦の意義を否定するものではありません。
スポーツ観戦を愛好する方々を非難する意図もございません。
この点、念のため申し添えます。

◇◇
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◇◇
◎例えば何らかのスポーツを観戦に行くことを「参戦する」と言い表すことも界隈によってはあるとのことです。
ここには、見ることをつうじて自分自身もその競技をする(気分になる)という機序が垣間見えなくもないでしょう。
実際にそのスポーツのプレイヤーでもある人が、プロの高度な技芸を観覧することで、そこに理想の自分を重ねるようなこともあるやもしれません。
すなわち、「見る」だけのことが、自身もまた「する」ことへと、わりとシームレスにつながっている、ということになりますが、こうした考察の視角が、上記の「本来はスポーツに観客は不要」という観点によって、よりシャープになるわけです。


◎さらに、この、スポーツを観戦の場合と同様に、歌手・アイドルなどのライブ・コンサートに行くこともまた「参戦する」と言い表しているファンダムが存在するようです。
この場合も、上述のスポーツの場合と同様に、自身とアイドルらとの一体化、自分自身がアイドル活動をしているような感覚を体験する、そういった動機がライブ・コンサート観覧には潜在していることを窺わせてくれます。
「今日ではアイドルは《なる》ものではなく《する》ものになってきている」みたいな仮説は、アイドル研究としては非常に興味深いところです(が、それはまた別のお話ノ)。
そのことと、この「ライブへ参戦」もまた、かなり密な連関があるのではないでしょうか。


◇◇

◇◇


「はじめて電話するときにはいつも震える」のはなぜ? [その他雑感つぶやき]

プリンセスプリンセスの『ダイアモンド』(正式表記は英字)は1989年リリースで、もう30年以上も昔の楽曲ということになります。

その歌詞(作詞:中山加奈子)は、バブルの空気感の中で男女雇用機会均等法の時代を女性として生きていく人たちへ向けて、その新しい時代の生き方を称揚するものだ言え、卓抜した音楽性とともに、当時の特に若い女性たちの間で大いに支持されたのでした。

大学の後輩達の飲み会にたまたまOBとして(当時いわゆる社会人2年目だった計算になります)お邪魔した機会に2次会のカラオケで1年生の女子たちがノリノリでこの曲を歌っていたのも、妙に印象的に思い出されたりします。

むろん令和の時代になった現在なお、歌い込まれたメッセージは古びることはなく、まさにこの男女共同参画社会基本法の時代にこそ、失われない永遠の輝きを放ち続ける名曲のひとつであることは間違いありません。


◎ PRINCESS PRINCESS 歌詞情報 - うたまっぷ 歌詞
 → https://www.utamap.com/showkasi.php?surl=36171

◎プリンセスプリンセス DIAMONDS 歌詞 - J-Lyric.net
 → http://j-lyric.net/artist/a000ee5/l0050ef.html


そんな、古さを感じさせないプリプリの『Diamonds』ですが、しかし別の観点から見ると、じつはいろいろ「古い」のですね。

というか、リリース当時すでに、この歌を耳にしたときのネタ会話として、
「《針がおりる瞬間の 胸の鼓動 焼きつけろ》
…って、10年くらいしたら意味がわからん若い人とか出てくるやろうなぁ」
みたいなものがすでにありました。

往時はちょうどアナログレコードからCDへの転換がだいたい完了しつつある時期。
筆者がCDプレイヤーを購入したのも前年の1988年で、そのあたりでツタヤなど「レンタルレコード店」での音楽商品の取り扱いもアナログレコードが終了し専らCDのみに変わり、いわばCDが必須になってきていた頃合いだと言えるでしょう。
てゆか、そんなわけなのでプリプリの『Diamonds』自体、最初からCDで聴いていた人がほとんどなのではないでしょうか。

ですから、「針がおりる瞬間」がひとつにアナログレコードの演奏スタートを意味しており、そこにはちょっとしたドキドキワクワク感があったことや、そのレコード針の最高級の材質がダイヤモンドであるという楽曲タイトルとの連関も、アナログレコードで音楽を聴くという文化と密接につながっているので、そこを体験していない今後の世代には、この歌詞が実感を伴って理解できなくなるだろうなというのは、容易に予測できたわけです。

むしろこの歌詞では、そういう失われつつある文化へのリスペクトと若干のノスタルジーを込めて、そうした「針がおりる瞬間」の《胸の鼓動 焼きつけろ》と謳っていたのではないか。作詞のコンセプトにそういうものを推測することもできるかもしれません。

……そして!
実際にそれから10数年が経過した21世紀。

♪ブラウン管じゃわからない景色が見たい~♪

「……センパ~イ。この《ブラウン管》って何ですかぁ??」

………………;

ブラウン管「が」わかーらーな~い♪

…というような会話がもしかしたら世間のあちこちで繰り広げられているかもしれないように、まさか《ブラウン管》のくだりで引っかかって《針がおりる瞬間》までたどり着けなくなるとは、さすがに当時には予想できませんでしたねw

もちろん「ブラウン管」は現在のように液晶画面などが主流になる以前のテレビ画面の映示機構を意味していて、歌詞の趣旨はといえば、つまりは「映像ではなく本物にアクセスしたい → 閉じ込められた場所から解放されて飛び出そう!」といった感じと捉えればいいでしょう。


 BL200605Diamonds.JPG
※画像は上記[うたまっぷ]からのスクリーンショット


さて、パーティーはこれから……ぢゃなかった本題はこれからなのです。

先日、例によって大学の授業がオンラインで遠隔実施となっている我が娘・満咲と同じ部屋で作業(新刊原稿の執筆など)をしていたとき、BGMにかけていたプレイリストから、ちょうどこのプリプリ『ダイアモンド』が流れてきました。
せっかくなので満咲に上述の件を説明したりしていると、2番の冒頭

《(いろいろ恋愛の経験値を積んでも)
 はじめて電話するときにはいつも震える》、

ここを聴いた満咲さんいわく

「……もう電話するくらいの仲になってたら、そんなに震えたりしなくてよくね??」

……………………!!

なるほど、そーなんかっ!

つまり今のスマートフォン時代にあっては、若い世代が「はじめて電話する」シチュエーションというのは端的に言って、
相応に親密になり、
LINEの交換も済んで、
アプリ上でのメッセージのやり取りも結構な分量が蓄積された果てに、
その日のメッセージ交換中のほんの些細な行きがかりで
「ちょっと声で話そう」
と、そのトークルーム画面から音声通話ボタンを押す
ただ単にそれだけ
……のようなものであるのでしょう。

ははぁ………。

もちろんこれは1980年代とはまったく異なる状況です。
「はじめて電話する」の意味が、コレだと今と当時とではゼンゼンちがう。

往時においては、親密になりたい気になる相手と距離を縮めるためのアプローチとして電話番号をゲットするというのは重要なポイントでしたし、そこから実際に電話してみる、そこでどのような会話を深めるか、その成否はズバリ今後の関係性の進展の鍵を握っていました。
そんな以後の展開を左右する重大イベントなわけですから、たとえレベル1からずっと進んだステージであっても(むしろだからこそ?)、そりゃぁ震えもするというものです。

しかも、当時の電話といえば携帯端末ではなく家の固定電話。
その時代の[好きな異性に電話する]というのは、いわば「誰が出るかガチャ」だったりしました。
相手が一人暮らしならまだしも「高校生の男の子が同級生の女の子の家に電話する」なんて設定のもとでは、それ自体が、厳格なお父さんが受話器を取ってしまいエラい目に遭うフラグだったりしたものです。
……はい、かつての実体験ですw
(「受話器を取る」という言い回しも、そろそろ死語でしょうか?)

別の昔の楽曲でも、そのあたりが伺える表現はあります。
甲斐バンドの『天使』(作詞:甲斐よしひろ)の《テレフォンコールは2度めに切るのが合図さ》などは、厳しい親の目をかいくぐって男女が電話連絡を取り合う際のライフハックを意味しています。
1回では本人にも気付かれない。3回鳴らしたらそれこそ家族が出てしまう危険性がある。だから2回なのですが、そうやって相手に今から電話するよという意思を伝えて電話口まで来てもらい、そのタイミングを見計らってからリダイヤルするわけですね
(ちなみにダイアル式の黒電話には「リダイヤルボタン」なんてものありません)。

同様にさだまさしの『住所録』(作詞:さだまさし)でも《2度鳴らしてまたかける》という歌詞がありますが、表現されているものは上述と変わらないでしょう。
さらにこちらは(相手と何らかの経緯で破局した後日に)《指が覚えたダイヤルを夜中にそっと廻してる》などとあり、番号通知については考慮されてないのかとか、そもそも後の時代であればよくかける相手ほど一発でかけられるように端末に登録するから番号を「指が覚える」ことはなかっただろうとか(ダイアル式の黒電話には「ワンタッチダイヤル登録機能」なんてものは…略)、ツッコミたくなるポイントが多いです。
諸般の事情で別れてしまい連絡を取ることもなくなった相手の住所録情報を消去するという行為も、今のデジタルなものなら紙の住所録のノートを新しくする機会でなくても個別に可能ですしねぇ;

※甲斐バンドの『天使(エンジェル)』歌詞
 → https://www.kkbox.com/jp/ja/song/qX.00X3Xr8YmJ8hamJ8ha0XL-index.html

※さだまさし『住所録』歌詞
 → http://j-lyric.net/artist/a0004ab/l04727c.html

あと「テレフォンコールは2度めに切る」の意味を今の若い人に尋ねたら「ワン切り! 着歴を残してかけ直してもらうねん。そしたら電話代が向こう持ちになるねん」なんて回答されるのかな? などと(すでに)10年余り前には思ってたものですが、そんなワン切り文化自体が速攻で廃れてしまいましたね(現在のワン切りは主に悪徳業者によるものらしい); 我が娘・満咲も基本的にポストワン切り世代ですね。

§上記、一部に異性愛前提に則った記述がありますが、これは同性愛なら好きな相手の家に電話して親が出た場合でもフツーに同性の友達からかかってきたものと解釈されてしまうので、ここで言う親が出たという関門を突破して本人に取り次いでもらう課題の難易度が、異性の場合とは同列に語れないためです。


そんなこんなで娘に、こういったあたりを講釈しつつ、

「てことは、今だとこの《はじめて電話する》に相当するのは何かな? LINEの(アカウントの)交換を申し出るときあたり??」

「まぁひとつの目安は、そんなところとかかなぁ……」

などといった会話をする、とある初夏の昼下がりなのでありました。

このように「はじめて電話する」が持つ意味、それを含めた電話を使ったコミュニケーションをめぐる各種の意味合いも、時代とともに変わっていく。
そして、これからも変わっていくのでしょうね。


  


◇◇


☆もうひとつ付言するなら、高橋留美子原作のアニメ『うる星やつら』で面堂終太郎が用いている「携帯電話」(だと現在の私たちには見える通信端末)。あれが当時の現実世界には影も形もない架空の先進的デバイスで、いわば(面堂家が超大富豪であるがゆえに保有している)私設軍隊と同レベルのギャグとして登場していたということは、折にふれて語り継いでいく必要があると思ってたりします。


◇◇

◇◇


平成のカーテンコール [その他雑感つぶやき]

今日は世界のデファクトスタンダード・西暦で言うところの2019年4月29日。
そしてそれが「平成最後の昭和の日」なわけですね。

そうして明日で「平成」も終わり。
5月からは新たなる元号令和の時代へと世の中は進むわけです。

ワタシのように昭和に生まれ、そして平成の始まりをリアリタイムで体験した世代には、やはりコレはいささかの感慨は禁じ得ないところです。


◎元号に対して思想的に反対する意見も世の中にはあるようですが、ひとつの文化として元号には相応の意義があるでしょう
(「平成最後の……」とか「昭和という時代を感じさせる◯◯…」とかは、あながち無意味ではない)。
ただもちろん、利便性の高さからすると、もう実用の局面では西暦をもっぱら用いるのがわかりやすく通算にも便利でスッキリするとは思っています。
もはや西暦がデファクトスタンダードとして優位な地位にあるのはいかんともしがたい中で、実用的な面でその軍門に下ることで得られるメリットを優先することは、決して自国の歴史や伝統を蔑ろにすることとイコールではないでしょう。
(キリスト教による世界支配に対してアジアの国としての独自性を打ち出して対抗する……といったことに意義があるとしても、その一環として独自の暦を護持する取り組みは、実用の局面でむやみに拘泥するのではなく、文化の全体像の中で無理のない形で実践されるほうが、むしろスムーズに企図を実現できるのではないでしょうか)。
それでもどうしても自国独自の暦を実用の局面にも使いたいというなら、現在の役所の公文書などで元号を使ってる代替に「皇紀」を使ってほしいですね。
通算性は高いし、西暦と1の位の数字が一致して換算もしやすい。
元号の代わりに持ってくるだけならいわゆる右も左も進退ナシなので、みんなが利便性というメリットの享受が得られるという点では一致できるはずでしょう。
とにかく元号は換算が大変&通算が困難なのは不便でしかないです。
特に「平成」の換算は難度が高い。ズレてる数値が2なので、それを足すのか引くのか間違えると正しく換算できなくて頭が混乱します。
だいたい天皇陛下はかなり以前から生前退位の意向を示してたと言うではありませんか。
せめて西暦2016年から新元号にできていたら、昭和と同じく1の位の数字が西暦と5ズレることになってイロイロ便利だったのに……
(昭和の西暦と5ズレてるのはわりと便利だったのです。現代のことについて語る際に「1970年代の後半から1980年代の前半にかけて」みたいに言わなくても「昭和50年代」の一言で済ませられたり、その前に5なので換算するとき足しても引いても同じ1の位の数字が出るので悩まなくてイイという)。


思えば昭和天皇の崩御が、ワタシがいわゆる社会人1年めだった年度のこと。
なので自分にとってはいわゆる社会人として生きてきた歳月こそが、ほぼまるまる「平成」時代だったことになります。
逆に言えば、学生時代をもっぱら昭和の中で過ごしたということにもなりましょう。

つまるところ、じつは抱えていた性別違和のせいで悶々たる違和感に苛まれていた昭和時代の多感な若き日々。
それが嵩じて大人として人生に行き詰まる平成の初頭。
そんな懊悩を経て性別以降に踏み切って、以降トランスジェンダーとしての生活を築きながら人生経験を積み重ねてきた年月。

そういう経緯の中での、大人として過ごした時代が、ワタシにとっての「平成」だった……と言い換えることも可能です。

ぅうーむ、やっぱりちょっとしみじみしないではおれませんねぇ;


 
 ※浜端ヨウヘイ「カーテンコール」


そんなわけなので、誰もが各々歩んできた平成の日々をふまえ、いわばカーテンコールのごとく平成のあれやこれやを再確認しながら、今は新しい「令和」の時代を皆で迎えるときなのではないでしょうか。

願わくば、古く凝り固まった(とりわけ性的少数者に対する偏見などの)価値観などは、平成の彼方に放置していきたいところですね。



◇◇


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