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「図書館戦争」はメディア良化委員会検閲済み映画か!? [経済・政治・国際]

ちょうど2013年の終戦記念日も過ぎたころ、島根県は松江市の教育委員会が『はだしのゲン』を図書室の開架スペースから撤去するよう市内小中学校に対して求めていたことが、世間を騒がせました。

とある市民からの指摘を受けて検討した結果、一部に過激な表現が含まれるため子どもたちが自由に手に取って読むものとしては不適切と判断したということのようです。

もっともらしい理由が挙げられてはいますが、特定の表現物が恣意的に排除されたという印象も否めません。

子どもたちが受け取る情報に一切の配慮は不要かといえばそうでもないでしょうし、子どもたちへの(大人にも)メディアリテラシー教育を推進する傍らでは、一定のフィルタリングが有効な側面も条件付き肯定されるところです。

表現の自由は確乎として保障されねばなりませんが、では私たちひとりひとりがその表現の自由をどのように行使していくかということになると、やはりより多くの人の幸福に資するように、すなわちいわゆる公共の福祉に適った形で各種の表現をおこなっていくよう心がけることが、自分自身も含めた、社会全体の福利につながることも忘れられてはなりません。

しかしながら、そんな表現の自由のもとで生みだされた表現物に対しては、批判・反論もまた表現の自由のもとでおこなわれるべきです。
それが不適切と思うなら、その旨を表現したり、あるいは自分ならコレが適切だと思うような代替表現を提示すればよいのです。
それもまた認められるのが、何より「表現の自由」なわけですから。

(そもそも当記事前々記事も、個別作品における特定の表現に批判的意見を述べ、あまつさえ改善を期待したりしているわけで)

『はだしのゲン』のように政治的な背景が絡んでしまうものや、いわゆる性的な表現物に関しては、巷間とみに物議となりやすいようですが、個別の表現の是非については、このように自由な議論のもとで検討していけばよいことであり、少なくとも特定の表現に対する何らかの公権力による規制には、私たちは最大限慎重であるべきなのは言うまでもないでしょう。

◎以前に書いた性表現への表現規制についての試論はこちらなど
→「ポルノ表現規制の対立は世界認識のリアリティの相違に由来した!


特に、図書館はあらゆる情報が集約される点に、その本旨があります。

そこに所蔵される情報に偏りがあってはならず、その内容の判断は利用者に委ねられるものであり、そのためのメディアリテラシーが涵養される機会もまた保障されるべきものでしょう。

日本図書館協会の綱領である「図書館の自由宣言」では

図書館は、基本的人権のひとつとして知る自由をもつ国民に、資料と施設を提供することを、もっとも重要な任務とする。この任務を果たすため、図書館は次のことを確認し実践する。
 第1:図書館は資料収集の自由を有する。
 第2:図書館は資料提供の自由を有する。
 第3:図書館は利用者の秘密を守る。
 第4:図書館はすべての検閲に反対する。
図書館の自由が侵されるとき、われわれは団結して、あくまで自由を守る。

……とあります。

いま一度、私たちはこれを読み、その意義を再確認すべきときではないでしょうか。

「図書館の自由宣言」全文は日本図書館協会のwebサイトに掲載されています
 → http://www.jla.or.jp/library/gudeline/tabid/232/Default.aspx

   


さて、そんな「図書館の自由宣言」を重要モチーフに据えた物語が『図書館戦争』ということで、かねてよりその評判は聞き及んでいました。

原作小説は有川浩によるもの。
コミック化、アニメ化もされているようです。

wikipediaによるあらすじ記述を、さらに要約すると基本となる舞台設定は以下のようなものとのこと。

公序良俗を乱し人権を侵害する表現を規制するための「メディア良化法」が制定され、メディアへの監視権を持つ「メディア良化委員会」が発足、不適切とされたあらゆる創作物は、その執行機関である「良化特務機関(メディア良化隊)」による取り締まりを受けることとなる。情報が制限され自由が侵されつつあるなか、弾圧に対抗した存在が「図書館」だった――。

なかなか興味深い設定です。

そして、実際に公序良俗や人権の美名のもとに各種の表現規制が法制化を検討され、このような設定があながちフィクションとも言えないような情勢の昨今においては、この作品が持つ意義は、ますます重要性を増しているのではないかなと推察していました。

そしてそんな折り、2013年春には、この『図書館戦争』の実写版映画も制作・公開されるということで、非常にタイムリーな流れなのではないかと、漠然と評価しているところだったのです。


※ここまでの記述の語尾のとおり、現時点では『図書館戦争』について、原作から実写版映画に至るまで、本編には直接アクセスできないままになっています。
本来ならそちらもきちんとチェックした上で当記事も展開したいところなのですが、どうしても時間的リソースの制約の中で優先順位がやりくりできず、一方で本件の時宜性を勘案すると、今が時期的限界と考えられ、熟考の末、この形となっています。
よって以下は、あくまでも【実写版映画『図書館戦争』のPV(予告篇)】に基づいた批判・考察となります(映画公式サイトでも若干の情報を補完しています)。
ご留意ください。

ところが、2013年5月のある日、ふと立ち寄った書店の店頭(の『図書館戦争』特設コーナー)で、宣伝のために流されていた実写版映画『図書館戦争』のPVを目にして唖然としました。


えぇっ!?

コレが『図書館戦争』なの?


(゚д゚)!

………これじゃ単なる恋愛映画ではないですか!


コレは少々陳腐すぎるのではないでしょうか。
異性愛に基づく恋愛エピソードを絡ませないと観客に訴える物語が作れないとでもいうのでしょうか?

もちろん「恋愛」を主眼に据えた物語も、いろいろある中には存在してよいでしょう。
しかし『図書館戦争』までもがそうである必要はあるでしょうか?

「異性愛に基づく恋愛」そのものを否定するものではありません。
自らの自然なセクシュアリティのありようがいわゆる異性愛だという人もいるわけですから、それは尊重されなければなりません。
そこは間違えちゃいけないです。

しかし反面、男女間の恋愛というのは意図するしないにかかわらず社会の男性優位構造の影響を受けるもの、否、むしろ社会の男性優位構造を維持するために、恋愛が男女間でないといけないものだとされている(および、男女だったら恋愛でないといけない)、そういう側面もあるわけで、男女二分法に基づく性差別構造・セクシズムと、異性愛主義・ヘテロセクシズムは、分かちがたく結びついたもの、まさに「<ヘテロ>セクシズム」――とは、竹村和子さんも言っているところです(『愛について』岩波書店など参照)。

となるとやはり、むやみやたらと異性愛物語を描いてはばからないことは、差別に加担する行為になりうるんだとは、言ってもいいでしょう。
たしかに「表現は自由」ではありますが、その表現で誰かの自由やその他の権利が脅かされることに繋がらないよう、クリエイターは熟慮する必要があります。
安易なパターンにどっぷりと頼らずに、予想の斜め上を行くような展開は、常に追求されるべきなのです。


そもそも、異性愛に基づく「男女の」恋愛をこそ社会における望ましい価値観として称揚する勢力と、図書館への取り締まりを強めたい勢力というのは、大幅に重なっているのが実情でしょう。

だいたい「自由を守る」とか言っても、いまだ「恋愛」には自由なんてないのです。「男女で」恋愛「しないといけない」義務だけがあるのが現状ではないですか。

そんな中では、「男女で」「恋愛」ではなくてもイイのだという参考資料を取り揃えることさえ、現実の図書館の大きな役割として期待されるところです。

実際に、同性愛をはじめ、各種のセクシュアルマイノリティ多様な性や家族のあり方にまつわる本の数々をたいていの図書館は所蔵していることでしょう。

しかし一方では、そうした図書へのクレームが付くケースも時おり耳にするところです。
大阪府堺市の図書館からBL本が撤去されそうになる事件なども記憶に新しいところです。

このように考えると、「異性愛こそが正義」とばかりに、それに立脚したプロットを中核に据えるのは、図書館の自由と言論・表現を守ることをテーマにしてるはずの映画では、やっぱり不適切に思えます。

少なくともあのPV(予告篇)の内容を見る限りでは、映画『図書館戦争』は「男女が恋愛することこそがスバラシイ」という思想をプロパガンダする国策映画、いわばメディア良化委員会による検閲済みのストーリーだとしか思えません。

作品のテーマがめざす地平といちじるしく乖離している表現が含まれることは、作品全体の価値を揺るがしかねないことを、創作に携わる者は肝に銘じておく必要があるでしょうね。


   



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泥人間

はじめまして。いつもブログ楽しく読まさせていただいてます。

私は偶然2作目の「図書館内乱」だけ読んだのですが、文庫版のみ載っている作者の有川氏と、児玉清氏の対談の内容がこの記事に関連するような気がしたので書きこんでみます。

その対談には「男の子はかっこよく、女の子はかわいらしくあってほしい」「「人間らしさ」で塗りつぶされない「男らしさ」「女らしさ」というものがあると思う」といった感じの有川氏のコメントが載っていて、おぉ…と思ってしまいました(手元にないのでうろ覚えではありますが)

有川氏はわりとベタな考え方の持ち主なのかもしれませんね。
一種の恋愛ものとして読まれている向きもあるようですし、そうしたイデオロギー的なものにはあまり関心が払われていないようです。

先生の図書館戦争レビュー、読んでみたいです。
お暇があるときにでも…^^

by 泥人間 (2013-08-20 16:42) 

tomorine3908-

泥人間さまからコメントいただいたように(ありがとうございます~!)、原作レベルに関しても、その種の情報はいくつか小耳には挟んでおるところでした。
たしかに時間的余裕があれば、じっくり確認したうえであらためての批評をしてみたいところでもあります。

しかし少なくとも、原作小説から実写版映画に至るまでの本編の内容如何にかかわらず、実写版映画を宣伝する予告篇の制作にあたって、そのスタッフが、あのように「恋愛映画」要素を前面(全面)に押し出したつくりにしたほうが観客にアピールできるであろうと、そんなふうについ考えてしまうような、現在の私たちの社会の状況が、あまりにも恋愛至上主義的であり、つまるところ異性愛主義的で男女二分法的なことは、まちがいなく問題だと言えるでしょう。

余談になりますが、『はだしのゲン』ってワタシはイマイチじっくり読んだ記憶がないんですね。
なんか子どものころ、無意識に避けていたような……。
理由はおそらく、今般問題となったような「不適切描写」のせいなどではもちろんなくて、作中で提示される「たくましく生き抜くゲン少年」像が、「男の子はかくあるべし」という、ある種のジェンダー規範の強要のように感じて、当時の男の子として不適応だった自分にはつらかったせいではないかなと思われます。


by tomorine3908- (2013-08-25 15:18) 

森智裕

図書館戦争の原作者である有川氏はいわゆる「保守」思想の持ち主だと思います。
自衛隊を舞台にした一連のSF・ラブコメ作品群を執筆していること、「空飛ぶ広報室」ドラマ放映時の小野寺防衛大臣との対談、保守系雑誌「歴史通」への寄稿(「私は自衛隊の味方です」)、図書館戦争に出てくる図書館防衛組織「図書隊」も自衛隊をモデルにしていること(実写映画版にも自衛隊が協力していました)、ブログでの石破茂氏を肯定的に評価する文章から考えるに、少なくとも、
「憲法9条護持」を主張なさっていられる佐倉さんとは決して考えが一致するとは思えません。ジェンダー観についても同様ではないでしょうか
ただ、例えば「自衛隊三部作」の一つである「空の中」では女性の戦闘機パイロットを主人公サイドに出して、自衛隊という男社会で働く女性の抱える苦しさに(少しですが)言及してるあたり、必ずしも「男が国を守り、女が銃後でそれを支える」のを良しとするような、我が国に昔からある性別役割分担思想に完全同意しているとも思えません。
個人的には、「図書館戦争」に限らず、有川氏のこのような作品群全般を読んでいただき、感想・分析をしていただきたいな、と感じます。
長文失礼しました。
by 森智裕 (2016-01-23 15:43) 

tomorine3908-

森智裕さまからコメントいただきました。
(もう1つ別記事にも。ありがとうございます)
有川作品をじっくり研究する時間的余裕はなかなか取れなさそうではありますが、たしかに興味深いところではあります。
憲法に関しては、9条や前文の平和主義の真髄をより確かなものとするために自衛隊の位置づけを明確に規定するものとして9条第3項を付加したりするのであれば、必ずしも絶対反対なわけではありませんので、私がいわゆる「9条護持派」というのも、ちょっとニュアンスが違う気はするのですが、現状で憲法変えるとなると、そうそう理想どおりにはならなさそうなので、便宜上はたしかにアンチ改憲派になってはいます。
ちなみに現行憲法の制約が及ばないところで自衛隊がとある悪者と戦う小説『アンデス自衛隊』ならワタシも構想したことはあります(ほんの一部分だけ『M教師学園』の作中小説になってたり;)
by tomorine3908- (2016-01-24 23:04) 

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